無節・柾目は奈良時代なら可能

2011.11.18

檜の太材の無節、柾目については、奈良時代なら可能だったに違いない。なんせ、それ以前まで、日本の森は生え放題、育ち放題で、日本中が屋久島みたいなもんだった。縄文杉、縄文檜だらけ。そんな中から節目の通った巨木を伐り出して、マグロのトロみたいにいいところだけ使えばいい。次に加工精度については、これはもう日本の大工は世界一の、もういいってくらいの精度を誇る。板と板を重ねておいたら吸い付いて離れなくなったなんて話はざらな世界だ。

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このふたつの条件は奈良時代なら可能だから、世間の常識の方が正しいかもしれない、とひとまず考えたが、建築家の目で実際に正倉院を見学して不安になる。校木はそばでみると大黒柱くらいに太く、当然のように節はあるし、割れや歪みもいっぱい。竣工当初はともかく、数十年したら隙間は開きっぱなしになってしまった可能性が高い。絞りきらないカメラのシャッターみたいなもんで、困ってしまう。それでも、程度問題だから、閉まらない隙間が一部にあっても、全体としては調湿してくれたのかもしれない。で、大学の三年生のとき、建築環境学(空調)の教授にこの疑問をぶつけてみると、一冊の本を渡してくれた。同じ様な疑問に悩み、正倉院の内と外に湿度計を据えて、計測した空調学者がいたのだ。戦後のことで、戦前ならそんな。不敬は許されなかった。で、結果はどうだったか。